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【04.10.25】市会基地返還特別委 横須賀基地の視察を実施
横浜市会基地返還特別委員会が横須賀海軍基地の視察を実施しました。 池子金沢地域に700戸の米軍住宅建設を受け入れを事実上表明の横浜市の中で住宅の入居者の働く場の横須賀基地を視察することになっていたもの。市総務局沼外部と市会事務局とそして議員欠席1人を除く全員が参加。私もこれまで約8年基地の担当勤めてきましたが警備と対応にビックリ、初めて1日「バスポート」が発行されること。市会の車の厳重な点検が続きました。
バスから基地内防衛施設局の職員が案内で回りました。その概要です。横須賀市本町など5町に236ヘクタール。池子の森の同じくらい。99%が国有地、日本海軍から米海軍になったもの。現況としては、在日米軍司令部、米海軍横須賀基地司令部、米海軍艦船修理廠、米海軍施設横須賀本部、米海軍補給センター、米海軍横須賀病院のほか住宅及びその関連施設があり、在日米軍の中核部であるとともに第7艦隊の補給などの支援業務を行なっていることこと。○1945年9月に接収。○現在ゲートが3ヵ所でそのうち二ヶ所が拡大工事中。○住宅は二階建て・9階高層マンション等に1600戸、○幼稚園から高校まであります。○4600人の日本人従業員が働いている。○ドック機能では6ドックあり、最大は6号で長さ339メートル、深さ13メートル。 ●キティホークの母港、1961年建造、同時950億円、長さ320m幅80m、ほかにクリゲート艦が11隻の船隊。艦載機が77隻搭載。合計の兵隊数は、5.500人。船内は2.400室も最高時速77キロ。○米軍施設でよく使われる「支援施設」に映画館、日用品の販売所、教会、病院、広いテニスコートや照明付きの野球場など。その他に刑務所も設置されています。まさに日本を足場にした「戦争用の町・港」のように思いました。戦前私の父も旧海軍の横須賀に在籍していました、また母も日本赤十字社の看護婦として働いていました。
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